こんな表現があります
「あいつは人間に生まれ変わったの一回目やったんやろ」とか「よう人間出来てるな。きっと人間3回目くらいやろ」とか
話しが通じるか通じないかという論点や人の未熟さや熟成度合いを表して人間に生まれてきた回数で表現する
この表現で言えば生きてれば一回目?みたいな人とも出会うし自分が何回目なんだろうと思う時もあります
その時に排除することは簡単であり、様々な学びを得るまでは排除をしてきました
未熟ゆえに一番簡単で一番勿体ない選択をしてきたのだと思うのです

今はどう付き合うかそして偉そうですが活き活きできる場所を提供できるかを考えます
人を変えようとしない事から始まる思考を用いればこれも学びの実践
気が長くなったのではなく実践と思えば冷静に頭と感情で思考できます
揺れる感情と相手の何故を思考する
なかなか話が通じない人に、理解してもらう事を辞めた時に道は開けます
理解させようと思ってる間は人を変えようとしてるので
人は変われるけど変えようとしない(^^♪
人生も残りそう長くはありません。であれば難しい選択しながら人生の最後の日が一番の成長した日であれるように(^^♪
